科学の反対って「思い込み」なんじゃないですかね?
「科学」の反対は「自然」じゃないですよね???
僕は科学を専攻したことはありませんでして。
実際に本格的に研究したり検証するのには頭が足りないですし、
大雑把な人間だと思うんですけどね。
「科学的な考え方」を少なくとも言語的に正しく捉えておきたいなと。
先に言っておくと、僕は「科学的根拠」や「EBM(根拠に基づく医療)」は大事だと思っていて、あらゆる事象を科学で解き明かしていく探究心と知恵とテクニックのある人間を尊敬しています。「ニセ科学」、「ニセ医学」、「トンデモ」に対して批判的です。
もしかしてだけど、科学の反対が「自然」だと思ってない?
なんで「ニセ科学」や「ニセ医学」を信じてしまう人がいるのかな…
なんで標準医療を受けなかったり、あやしい代替療法にハマってしまうのかな…
なんでマクロビにハマり過ぎたり、添加物を過剰に叩くのかな…
またフードファディズムがSNSで拡散されてるなぁ…
また有名人がガンの治療にニセ医学を選択して…
・・・と、いつも思っているのですが、
そういった人たちや、ソレを広めるカリスマたちが、何を言って(書いて)科学を批判しているのかを観察していると、
どう見ても、「自然」をキーワードにしているんですよね。
「科学はあてにならない。宇宙や地球や生命や人間は本来の神秘な力を持っている。」
だとか、
「化学物質は毒にしかならない。太古の人間はそんなものを使わなかった。」
とかなんとか。
それで、イメージ画像に地球や自然風景が添えられている。
まるで、「科学」の同意語が「人工」で、反対語が「自然」だと言われているような。
で、ちょっとググってみると現実にこんなのが出てきたりした。
自然(Nature)でしょう。科学は、自然を改変して、人間に有益な物を作り出す学問ですから。
自然。 人間の作り出した科学と正反対に当たる言葉はこれだと思います。
ヤフー知恵袋での、「科学の反対は何になるのでしょうか?」という質問に対する回答者の中に、上の引用のような回答もありました。
さすがにベストアンサーには選ばれていませんし、この回答を書いた人に悪意はないのですが、
少なからず、「科学」の反対は「自然」だと考える人がいるのは確かなようです。
ちなみに、ベストアンサーやその他の回答を抜粋すると、
「宗教」や「哲学」、「芸術」、「魔法」なんかがありました。
こちらは言わんとすることはわからなくはありません。
探究や検証する姿勢を「科学」と呼ぶならば
私見。
夢があろうがなかろうが、その現象や効果等を正確に把握・理解する為に、突き詰める「姿勢」のことを「科学」と呼ぶんだと、ぜんぜん科学系じゃない僕は思ってます。
ちなみに、であるならば、僕でも僕以外でも、「科学的な研究なんて難しくてできないけれど、科学的姿勢ならわかる」ことができると思いますし、
科学を否定する気にはなれない、という感想。
感性や願望で命を危険にさらして良いのか
なんでも科学的に捉えようとしていると疎まれることもあるけれど、
「ニセ科学」、「ニセ医学」、「トンデモ」等を信じ込んでしまう人というのは、
学者や医者や権威や自分の理解を超える知識を持つ相手を疎んじる傾向が強いように、僕には見える。
そうすると、陰謀論に騙されやすく、「ガン放置療法」等に出会ってしまった時に、それを回避するだけの察知力を持てないのではないか。
それが心配だから、「ニセ科学」や「ニセ医学」はきっちり否定しておかなければいけないと思うのです。
「科学」の反対は「思い込み」なんじゃないでしょうか?
そういう理解をしておくと、あやしいトンデモ情報等々に出くわした時に、冷静になれるかもしれませんよ。
以上、知識量が多くなくても、膨大なデータを持っていなくても、
「科学的姿勢」の大事さを理解することはできるというお話。
(今回の記事を書いたきっかけは、地元の自治体がEM菌を肯定的に取り扱ったことでした…余計なことに首を突っ込んでいるな…とは思いますが…... - ほぐしや掌 tanagokoro | Facebook)